3Dプリンターで造形していると、パーツとパーツの間に細い蜘蛛の巣のような糸が張ってしまうこと、ありませんか?これが「糸引き(ストリンギング)」という、とても厄介なトラブルなんです。
もしかすると、こんな風に考えて諦めかけているかもしれません。
- 「3Dプリンターが壊れているんじゃないか?」
- 「このフィラメントはダメだ」
大丈夫です。その糸引きの原因は9割が設定ミスです!
この記事では、「なぜ直らないのか?」という疑問に徹底的に答え、最重要設定であるリトラクションの劇的な改善方法から、フィラメント別の具体的な対策、そして糸引きを根絶するための知識を、わかりやすく徹底解説していきます。
糸引き(ストリンギング)とは?
なぜこんな細い糸ができてしまうのか?その仕組みを知ることで、対策のヒントが必ず見えてきます。早速、糸引きの原因とメカニズムを見ていきましょう。
糸引きの現象と問題点
糸引きは、ノズルが造形中のパーツのA地点からB地点へ移動するときに、溶けたフィラメントが「おまけ」のように垂れてしまい、細い糸になってしまう現象です。
これが問題となる理由は以下の通りです。
- 後処理が大変: 造形が終わった後、その細い糸を一本一本手でちぎったり、熱で溶かしたりする手間が増えてしまいます。せっかくの完成品も、ベタベタした糸だらけでは悲しいですよね。
- 見た目がイマイチ: 糸が残ると、造形物の表面がザラザラしたり、汚れたように見えたりして、せっかくの作品の仕上がりが悪くなってしまいます。
- ノズルへの付着: 溶けた樹脂がノズルに付着し、そのまま焦げ付いたり、次の造形に影響を与えたりする可能性もあります。
糸引きの主な原因はこれだ!
糸引きが起こる原因はいくつかありますが、原因がわかれば対策は簡単です!特に一番大きな原因は、ノズル内の「圧力コントロール」がうまくいっていないことです。
【最重要】リトラクション設定の不適切
ノズルが移動するとき、フィラメントを少しだけ「キュッ」と引き戻す機能がリトラクションです。この「キュッ」が弱すぎたり、遅すぎたりすると、ノズル内の溶けた樹脂の圧力が抜けきらず、移動中に垂れ流しになってしまい、糸ができてしまいます。
ノズル温度が高すぎる
フィラメントの推奨温度範囲内で高すぎる温度を設定していると、樹脂はまるで水のようにサラサラになります。粘度(ねばりけ)が低くなりすぎると、リトラクションで圧力を下げても、樹脂が細く長く伸びやすくなり、糸引きが発生しやすくなります。「熱すぎると、樹脂はコントロールを失う」と覚えておきましょう。
フィラメントの吸湿
フィラメントが湿気を吸っている状態は、糸引きを悪化させる隠れた大敵です。
なぜ湿気が悪いのか?
フィラメント内部の水分は、ノズルで加熱されると水蒸気に変わります。この水蒸気は体積が膨張し、ノズル内でプチプチと小さな爆発を起こします。印刷中に「プチプチ」という音、みなさんも聞いたことないですか?このプチプチが樹脂を外側へ押し出す力となり、ノズルの移動中に、糸として引き出されてしまうのです。まるで、樹脂の押し出しを水蒸気が勝手に手伝っているような状態ですね。
トラベルスピード(移動速度)の遅さ
ノズルが造形物の上を移動する速度(トラベルスピード)が遅すぎると、樹脂が垂れる時間が長くなり、糸引きが発生する可能性が高まります。「サッと移動して、サッと次の造形に取り掛かる」ことが、垂れを防ぐ重要なポイントです。
フィラメントの材質特性
フィラメントの種類によっては、その材質固有の粘性(ねばりけ)が高く、構造的に糸を引きやすいものがあります。特にPETGは、ABSやPLAに比べて粘度が高いため、糸引きの調整が最も難しいフィラメントの一つとして知られています。
【リトラクションの基本】何が改善され、何に注意すべきか
リトラクションは魔法の機能ではありません。正しく使うと糸引きがなくなりますが、やりすぎると別の困ったトラブル(副作用)が起こってしまいます。
リトラクションの仕組みと主要な役割(メリット)
リトラクション(Retraction:引き戻し)とは、ノズルが移動する直前にエクストルーダーモーターを逆回転させ、フィラメントを一時的に引き戻す機能です。この動作によりホットエンド内の溶融ゾーンの圧力が瞬時に下がり、樹脂がノズル内部にわずかに引き込まれます。
リトラクションが防いでくれるトラブルは主に以下の2つです。
- ストリンギング(糸引き): ノズルが造形物のエリア間を移動する際の、細い糸状の漏れを抑えます。
- オーズ(Oozing/垂れ): ノズルが待機している、または移動の準備をしている間に、重力やノズル内の残留圧力で樹脂が垂れ出すのを防ぎます。
不適切な設定が引き起こす弊害(デメリット/副作用)
リトラクションは、設定を極端にすることで以下のような副作用を招く「両刃の剣」です。設定が強すぎたり弱すぎたりすると、次に挙げるような新たな問題が発生します。
過剰な設定(距離や速度を上げすぎた場合のリスク)
リトラクションを強くしすぎると、フィラメントの供給自体がうまくいかなくなってしまいます。
- アンダーエクストルージョン(押し出し不足): リトラクション後の復帰が不完全になり、造形の開始点や薄い壁で材料が不足し、穴が開いたりスキマができたりします。
- フィラメントの削れ(Grinding): 速すぎるリトラクション速度や頻繁なリトラクションにより、エクストルーダーギアがフィラメントをゴリゴリと削ってしまい、送りができなくなります。
- ノズル詰まり(Clogging): フィラメントがコールドエンド(冷却部分)まで引き戻され、熱変形して詰まりやすくなります。
不足した設定(距離や速度が足りない場合のリスク)
リトラクションが弱すぎると、糸引き以外の細かいダマが発生します。
- シームのブロブ(継ぎ目の盛り上がり): レイヤーの開始点や終了点で、引き戻しが不十分なために樹脂が余計に押し出され、ダマや盛り上がりができます。
- ブロブ(Blobs/Zits): 造形物表面にランダムに小さなダマ(Zits)が付着します。
【最重要対策】リトラクション設定の最適化ガイド
最適なリトラクション設定は、あなたが使っているプリンターの種類とフィラメントによって違います。まずはこの表を参考に、自分のプリンターに合った初期設定を見つけましょう!
3Dプリンターの構造別:基本設定の目安
フィラメントの通り道(チューブ)が長いか短いかで、引き戻す距離が大きく異なります。これはフィラメントがチューブ内で動く「遊び」を打ち消す必要があるからです。
| 方式 | リトラクション距離の目安 | リトラクション速度の目安 | 例え話 |
| ボーデン式 | 長め:3.0mm∼6.0mm | 標準〜速め:40mm/s∼60mm/s | ストローが長いジュース!しっかり吸い上げないと戻ってこない。 |
| ダイレクト式 | 短め:0.5mm∼2.0mm | 標準〜やや遅め:30mm/s∼40mm/s | ノズルが近いから、少し引くだけでOK。 |
あなたのプリンターはどっち?構造の違いを理解しよう
- ボーデン式: エクストルーダー(フィラメントを送るモーター)が、ノズルから離れた本体側についているタイプです。長いチューブを使ってフィラメントをノズルまで送ります。このチューブ内でフィラメントがわずかに曲がったりたわんだりするため、ノズル内の圧力を下げるには長い距離を引き抜く必要があります。
- ダイレクト式: エクストルーダーがノズルのすぐ上についているタイプです。フィラメントの通り道が非常に短いため、短い距離のリトラクションで素早く圧力をコントロールできます。その分、ノズル周りの重量が増えるため、造形速度に影響が出ることもあります。
フィラメント種類別:調整の傾向と注意点
素材の「ねばねば度」や「耐熱性」によっても、設定を変える必要があります。特にPETGやTPUは、その特性から調整が難しい素材です。
| フィラメント | 糸引き特性 | 距離の傾向 | 速度の傾向 | 主な注意点 |
| PLA | 標準的 | 標準設定から調整 | 標準〜やや速め | 比較的扱いやすい素材です。 |
| PETG | 粘度が高く、糸を引きやすい | 長めに設定する傾向 | 標準的、速すぎると削れやすい | 糸引き対策で一番手こずることが多い素材です。ノズル温度が非常に重要。 |
| TPU | 弾力性が高く、設定が特殊 | 極端に短く | 非常に遅く(10mm/s∼20mm/s) | 柔らかいので、強く引っ張ると潰れたり、絡まったりして詰まるので要注意! |
| ABS/ASA | 高温度なため糸引きやすい | PLAより少し長めに調整 | 標準〜やや速め | 高温で造形するため、ノズル内の樹脂の流動性が高くなりがちです。ただし、PLAに近い設定からスタートできます。 |
ABS/ASAフィラメントの特別な注意点
ABSやASAは、耐久性の高い部品を作るのに使われますが、PLAなどよりも高い温度(230度以上)で溶かします。温度が高いため、樹脂がサラサラになり、糸引きが発生しやすくなりますが、リトラクションの基本設定はPLAと同じように標準的な値から試せます。ただし、冷却が重要になるため、ファン設定も合わせて調整しましょう。
最適設定を見つけるテスト方法
理想的な設定はプリンター個体差やフィラメント銘柄に左右されるため、必ずテストが必要です。闇雲に数値を変えるのではなく、効率的な方法でベストな設定を見つけましょう。
リトラクションタワーを使ったテスト
リトラクションタワーと呼ばれる、いくつかの突起が並んだ小さなモデル(例:小さな円柱が高さごとに並んでいるもの)を造形します。
- 距離のテスト: まず速度を固定し、タワーの各段(例:10mmごと)にリトラクション距離を1mm, 2mm, 3mm…と段階的に変えてプリントし、一番キレイな距離を見つけます。
- 速度のテスト: 次に距離を一番良かった値に固定し、速度を30mm/s,40mm/s,50mm/s…と変えてテストし、ベストな速度を見つけます。
リトラクション以外で糸引きを解消する対策
リトラクションを頑張って調整してもまだ糸が残る…そんなときは、他の設定でトドメを刺しましょう!これらはリトラクションを補完する、強力なサブ設定です。
ノズル温度の調整
ノズル温度をフィラメントの最低推奨温度範囲内で5~10度下げてみてください。樹脂が少し硬くなり、サラサラと垂れにくくなります。温度を下げすぎるとノズル詰まりの原因になるので、少しずつ下げるのがコツです。
フィラメントの湿度対策
湿気たフィラメントを使うのは、水が入ったジュースを飲むようなもの!ノズルの中で水分が水蒸気爆発を起こし、樹脂を押し出してしまいます。専用のドライヤーなどでフィラメントをしっかり乾燥させましょう。乾燥させるだけで、リトラクション設定を一切変えなくても糸引きがなくなることもあります。
トラベルスピード(移動速度)の高速化
ノズルがパーツとパーツの間を移動する速度をできるだけ速くしてください。移動時間が短くなれば、樹脂が垂れる前に次の造形点に到着でき、糸引きの発生を抑制します。目安は150mm/s以上です。
スライサー設定の応用:コースティング、ワイプ、コーミングの活用
リトラクションと合わせて使うと効果的な補助機能もあります。
- コースティング(Coasting): 押し出しをゴール手前で少しだけ止める機能。ノズル内の残圧力を利用して、自然に圧力を下げます。これは、ダムの水門を閉める前に少しずつ水量を減らすイメージです。
- ワイプ(Wipe): 押し出しを終えるときに、ノズルをわずかに動かして先端に残った樹脂を拭き取ります。
- コーミング(Combing): ノズルを造形した部分の上だけを移動させるように指示し、空中を移動する回数を減らします。リトラクションの回数そのものを減らすのに役立ちます。
Zホップ(Z-Hop)の活用と注意点
Zホップは、ノズル移動時にZ軸方向(上方向)に少しだけ持ち上がる機能です。
- メリット: これにより、ノズルが造形済みの部分を引っ掻く(スクラッチ)ことを防ぎ、表面をキレイに保ちます。
- デメリット/注意点: 上下に動く分、移動時間が長くなるので、その分糸引きが発生するチャンスが増えてしまいます。使うときは、持ち上げ距離を層の厚さ程度の0.2mm~0.4mmに留めましょう。
高度な設定:Pressure Advance(PA)との関係
基本的な設定をマスターしたら、次はさらに高度なテクニックに挑戦してみましょう!それがPressure Advance(PA)です。これは、リトラクションの限界を超えたい上級者向けの機能です。
PAの概要
Pressure Advanceは、ノズル内の圧力が変化するタイミングをプリンターが先読みしてコントロールする機能です。これは、フィラメントの供給遅れ(レスポンスの遅さ)を予測し、必要な時に必要な量の圧力がノズルにかかっている状態を維持するために使われます。
糸引きへの影響
PAを正しく設定すると、パスが終わった瞬間にノズル内の圧力が正確にゼロに近づくため、糸引きやダマ(ブロブ)の発生を根本から減らす効果があります。これは、糸引き対策というより、押し出しの物理的な精度を高める対策と言えます。
リトラクションとの関係性
PAは、リトラクションの相棒のような存在です。PAを最適化すると、ノズル内の圧力管理が完璧になるため、リトラクションの距離を短くしたり、回数自体を減らすことが可能になります。リトラクションの副作用(詰まりや削れ)に悩んでいる場合は、PAが解決策になるかもしれません。
もっと詳しく知りたい方へ:Pressure Advanceの詳しい設定方法と効果については、[Pressure Advance完全ガイド] をご参照ください。
まとめ
糸引きの解消は、主にリトラクション設定の最適化にかかっています。まずは自分の3Dプリンターの構造とフィラメントの特性(特にPETGやTPU、ABS/ASA)をチェックし、適切な初期値からリトラクションタワーを使って最適な距離と速度を見つけ出しましょう。基本的な対策で不十分な場合は、温度調整、湿度対策、そしてPressure Advanceのような高度な設定へとステップアップし、ストレスのない美しい3Dプリント造形を目指してください!✨

