3Dプリンターの性能を左右するステッピングモータードライバー。特にTMC(Trinamic)シリーズへの交換は、静音化と高性能化の王道です。しかし、ドライバーを選ぶ際や設定する際、「UART接続」や「SPI通信」といった、どちらを選べばいいのかわからないですよね?
これらは、ドライバーとメインボード(MCU)が「どんなルールで会話するか」を決める、非常に重要な通信方式です。この「会話」がスムーズに行われないと、Klipperがシャットダウンするなどのトラブルに繋がります。
この記事では、この2つの通信方式の原理、メリット・デメリット、そして3Dプリンターに合った選び方やトラブル対策まで、深く掘り下げて分かりやすく解説します。
この記事を読むと分かること
- ドライバーに「UART対応」と書いてある意味が分かる
- TMC2209などのドライバーを選ぶ基準が分かる
- 自分のプリンターにはどの通信方式が最適か判断できる
なぜ通信方式が重要なのか?
ステッピングモータードライバーICは、単に信号を送るだけで動くものから、複雑な設定を要求するものまで様々です。
昔ながらのステッピングモータードライバーは、電流や細かな設定を基板上の小さなジャンパーピンや可変抵抗(ポテンショメーター)で物理的に設定していました。しかし、最新のドライバーIC(例えばTMCシリーズ)は進化しています。
通信方式を採用するメリット:
- 動的な設定変更:印刷中に電流値や静音モード(StealthChopなど)の設定をソフトウェア(ファームウェア)からリアルタイムに変更できます。
- 状態監視:ICの温度、エラー、負荷状況などの情報をマイコンにフィードバックし、プリンターをより賢く動かせます。
この「動的な設定」や「フィードバック」を実現するために、マイコンとドライバーICがデジタルな通信を行う必要があります。
この高度な制御が、UARTとSPIという二大通信方式なんです!
UARTとSPI:2大シリアル通信方式の概要:
どちらも「シリアル(一本の道で順番に送る)」通信ですが、どちらが選ばれるかは、その特徴にあります。
| 方式 | データの送り方 | メリット |
| UART | 非同期(ボーレートを合わせた手紙式) | 配線が非常にシンプル(通常1本追加するだけ)。TMC2209などでよく採用され、導入が簡単。 |
| SPI | 同期(クロックを使う電話と時計式) | 通信速度が速く、確実。TMC5160などのハイパワーモデルで、高性能な制御を可能にする。 |
UART接続とは?
UART(Universal Asynchronous Receiver-Transmitter)は、TMC2209、TMC2208、TMC2226など、現在最も広く普及しているTMCドライバーで採用されている通信方式です。
日常の例えで理解する「UART」:
UARTは「一本の電話回線を複数人で共有する」イメージです。想像してみてください。オフィスに電話が一台しかなく、上司が部下一人ひとりに順番に指示を出す状況です。
👨💼 メインボード(上司): 「X軸ドライバー、聞こえるか?」
🤖 X軸ドライバー: 「はい、X軸です!」
👨💼: 「電流を0.8Aに設定しろ」
🤖: 「了解しました!」
(次の会話)
👨💼: 「Y軸ドライバー、聞こえるか?」
🤖 Y軸ドライバー: 「はい、Y軸です!」この方式の重要なポイントは、会話する二者がお互いのタイミングを厳密に合わせなくても会話できることです。これを「非同期通信」と呼びます。メールのやり取りのように、相手がいつ読むか分からなくても、とりあえず送信しておけば相手が読んでくれる、そんな柔軟性があります。
配線と接続のシンプルさ:
UARTが3Dプリンターユーザーに人気な理由の一つは、その配線の簡単さにあります。
- 必要なデータ線はわずか1本(通常TX線)。
- TMC2209を使う場合、通常はジャンパーピンを正しく設定するか、基板の特定のピンをマイコンのI/Oピンに接続するだけで通信が開始できます。
| UART接続の特徴 | ドライバーIC側で必要なピン/設定 |
| 通信に必要なデータ線 | 1本(TXまたはデータIN/OUTを兼用) |
| 複数ドライバーの接続 | 全てのドライバーを同じ1本のデータ線にデイジーチェーンで接続する。 |
| 個別設定の方法 | データパケット内にドライバーのアドレス(番号)を含めることで、どのドライバーへの設定かを区別する。 |
UART通信の特徴とメリット・デメリット
UARTの魅力は「シンプルさ」にあります。
配線が少ないので、初めて電子工作をする人や、3Dプリンターの改造を始めたばかりの人にもぴったりです。
メリット
- 配線が少なくスッキリ(TX・RX・GNDの3本でOK)
- 回路設計が簡単で低コスト
- 1対1通信に向いている(マイコンとドライバーが1組ずつ)
デメリット
- 通信速度はSPIより遅い(最大1Mbps程度)
- 複数のドライバーを同時に制御するのには不向き
- ボーレート設定を間違えると通信エラーになる
このように、UARTは「簡単で手軽」ですが、「速度や拡張性はやや弱い」通信方式です。
さらに、UARTには弱点があります。それはノイズに弱いということ。
なぜノイズに弱いのでしょうか?それは、1本の電話回線をみんなで共有しているからです。その回線にノイズが入ると、全員の会話が聞こえなくなります。
実際のプリンターでは、モーターが動いたり、ヒーターがON/OFFされたりするたびに、電気的なノイズが発生します。このノイズがUART信号線に混入すると、メインボードとドライバーの会話が途切れてしまいます。
実際の症状:
❌ Klipper has shutdown
❌ Unable to read tmc uart 'stepper_x'実体験:Diagピンによる通信エラー
ここで、私が遭遇した問題について紹介します。
UART通信を利用するTMC2209を物理エンドストップで使ったときに、Diagピンが原因で以下のエラーが発生しました。
Klipper reports: SHUTDOWN
Unable to read tmc uart 'stepper_z' register IFCNTDiagピンとは?:ドライバーに付いている「診断用ピン」です。本来は「センサーレスホーミング」という高度な機能で使います。
問題が起きる状況:
- 物理エンドストップ(リミットスイッチ)を使っている
- Diagピンは使わないのに、ボード側の穴に接触している
📞 電話回線(UART信号線)
|
├─ X軸ドライバーが話している
|
└─ Diagピンから「ノイズ」が混入!
↓
📞 「ザザザ…(会話不能)」物理エンドスイッチを使っている場合はDiagピンは使いません。
Diagピンが不要なのに接触していると、UART信号線に「別の信号」が混ざり込み、メインボードとドライバーの会話を物理的に妨害してしまいます。
この経験から分かる通り、UART通信を利用する際に、使用用途によってはDiagピンの切断やドライバーの確実な挿入といった、物理的な安定化が重要になります!
UART通信の実例:
TMCシリーズの中でも、TMC2209はUART通信を代表する人気ドライバーです。
多くの3Dプリンターで採用されており、静音性が高く、電流制御などをソフトウェアで細かく設定できます。
TMC2209では、半二重通信という仕組みを採用しています。
これは、送信と受信を1本の線でやり取りする方法で、配線をさらに減らすことができます。
たとえばKlipperやMarlinでも設定がしやすく、初心者が「静かで滑らかに動くプリンターを作りたい」ときに最適です。
SPI通信とは?
SPI(Serial Peripheral Interface)は、TMC5160やTMC2130といった、より高機能で高電流を扱うドライバーで採用されることが多い方式です。
日常の例えで理解する「SPI」:
SPIは「各人に専用の内線電話がある」イメージです。UARTが1本の電話を共有していたのに対し、SPIでは各ドライバーに専用の呼び出しボタンがあります。
👨💼 メインボード(上司):
[X軸専用ボタン]を押す 📞
「電流を0.8Aに設定しろ」
🤖 X軸ドライバー:
(自分専用の電話が鳴る)
「了解しました!」
(同時に別の会話も可能)
👨💼: [Y軸専用ボタン]を押す 📞この方式を「同期通信」と呼びます。送信側と受信側が同じリズム(クロック)で動作するため、データの送受信が非常に確実になります。オーケストラの指揮者が全員のタイミングを合わせるように、メインボードがすべてのドライバーの会話のリズムを管理します。
このリズムがあることで、データの送受信が非常に確実になり、高速化も可能になります。
SPI通信の特徴とメリット・デメリット
SPI通信は、高速で正確なデータ転送ができる点が最大の強みです。
複数のデバイスを同じバス上に並べて接続できる「デイジーチェーン構成」にも対応しており、大規模な制御に向いています。
デイジーチェーン構成: 複数のデバイスを数珠つなぎのように、直列に連結する接続方式のことです。この方式は、少ない配線で多数のデバイスを一つのホストに接続するために利用されます。
メリット
- 通信速度が速い(数MHz〜10MHzクラス)
- クロック同期でデータ精度が高い
- 複数デバイスを一括接続できる(デイジーチェーン対応)
- 高速制御や高トルク運転に向く
デメリット
- 配線が多く、基板設計がやや複雑
- ノイズの影響を受けやすく、ケーブル長に制限がある
- 接続ミスがあると動作不良が起きやすい
- UART通信のドライバーに比べて高価
SPI通信の実例:
SPI通信を採用している代表的なドライバーがTMC5160です。
このドライバーは高トルク・高精度制御が得意で、CoreXY機や多軸構成のプリンターに向いています。
TMC5160は、複数のドライバーをSPIバス上に接続し、それぞれを個別に制御することが可能です。
つまり、「多くのモーターをまとめて制御したい」「高速に動かしたい」といったプロジェクトでは、UARTよりもSPIの方が圧倒的に有利です。
ただ、TMC2209など、UART専用に設計されたドライバーはSPIでは使用できません。ドライバーを選ぶ際に、対応している通信方式を必ず確認する必要があります。
UARTとSPIの比較
高性能ドライバーIC(TMCなど)を使う場合、UARTとSPIのどちらも採用できますが、以下の基準で判断しましょう。
これが最も重要な判断基準です。
| 選び方の基準 | UARTが向いている場合 (TMC2209など) | SPIが向いている場合 (TMC5160など) |
| 配線のシンプルさ | 最優先:基板のピンヘッダ数が少なく、配線が面倒な場合。 | 拡張性・確実性優先:配線が4〜5本になっても構わない場合。 |
| 設定の更新頻度 | 低頻度:電源投入時など、ファームウェア起動時に一度だけ設定すれば十分な場合。 | 高頻度:印刷中に頻繁に電流値を調整したり、詳細なセンサーレスホーミングを使いたい場合。 |
| マイコンのI/Oピン | ピン数が少ないマイコン(例えば古い8bitボード)を使っている場合。 | I/Oピンに余裕がある最新の32bitボードを使っている場合。 |
現在、多くの市販のマザーボードでは、UART(TMC2209など)をデフォルトで採用しています。その理由は、配線が簡単で、ユーザーが特別な設定なしに動かしやすいからです。
一方、ハイエンドな自作ユーザーや、極限まで高性能を追求したい人は、SPI(TMC5160など)を選びます。SPIの方がより細かく、高速に、確実にドライバーを制御できるため、潜在的な性能を引き出しやすいからです。
【ポイント】
- 初心者や静音性優先:TMC2209などのUARTでシンプルかつ安定した設定を目指す。
- 上級者や高出力・高速制御:TMC5160などのSPIで高性能と柔軟性を追求する。
まとめ:初心者が覚えるべき3つのポイント
この記事で最も重要なことを3つにまとめます。
- UARTはシンプル・安い・十分な性能を持っています。ほとんどの人にとって、これで十分です。配線が簡単で、コストも抑えられ、静音性も抜群です。
- SPIは高速・確実・高度な制御が可能です。しかし、配線が複雑でコストも高いため、ハイエンド志向の人向けです。一般的な用途では過剰性能になりがちです。
- 迷ったらTMC2209 + UART(静音化とコスパの最適解)
迷ったら、TMC2209 + UARTを選んでください。これが静音化とコスパの最適解です。ほとんどの3Dプリンターユーザーは、これで十分満足できます。配線が簡単なので、初心者でも失敗しにくく、トラブルが起きても原因を特定しやすいです。
SPIが必要になるのは、
- 「もっと高速に印刷したい」
- 「2A以上の電流が必要」
- 「高度な診断機能が欲しい」
こんなときです。
最初からSPIを選ぶ必要はありません。まずはUARTで試してみて、必要性を感じたらSPIにアップグレードする、という段階的なアプローチがいいかもしれません。
それでは、良い3Dプリンターライフを!
