最初にKlipperという名前を聞いたとき、「また新しい何かが出てきたのか…?」と少し身構えました。でも実際に触ってみると印象が変わります。スピードを上げても角が崩れにくい、輪郭が落ち着く、しかもブラウザから操作が軽快。あぁ、これは“早くて安定”をちゃんと両立させようとしているんだな、と。いま3Dプリンター界隈でKlipperが話題になっているのは、ただ流行っているからではありません。使うと日々の体験そのものが変わるからです。(体験済み)
この記事は「Klipperって結局なに?」を最短距離で知りたい人向けです。深い設定や小難しいコマンドはひとまず置いて、仕組みやメリット、導入前に知っておきたい互換性、注意点までをお届けします。
Klipperとは?まずは一言で
Klipperは、3Dプリンターの“頭脳”を2つに分けて動かすオープンソース・ファームウェアです。Raspberry Piのようなホストが重たい計算(G-codeの解析や高度な計算や補正)を担当し、コントローラーボード上のマイコン(MCU)はモーターやヒーターのリアルタイム制御に集中します。
ざっくり言うと「ホストが楽譜を作って、MCUが正確に演奏する」イメージです。これが、高速でも破綻しにくい動きと、設定の柔軟さを同時に叶えてくれます。
Klipperで使われる技術
Klipperは最新の制御技術を積極的に取り入れています。Klipperを理解するときに覚えておきたいキーワードは次の4つです。
- 分散アーキテクチャ
→ Raspberry Piなどの外部コンピュータを活用して「先に考える人(ホスト)」と「正確に動かす人(MCU)」で処理を高速化 - Input Shaping(共振補正)
→ モーターやフレーム、ベルトの揺れをあらかじめ補正し、共振による表面の波打ちを抑える機能。ゴースティングとも呼ばれています - Pressure Advance(押し出し補正)
→ フィラメントの押し出し遅延を補い、角の「モッ」とした盛り上がりを補正し、細部のダレを防止 - マクロ機能
ユーザーが独自のコマンドを定義でき、複雑な動作を自動化可能
追加マクロや自動化:
Klipperのマクロ機能は非常に強力です。
- 印刷終了後にヒーターと電源をオフ
- オートベッドレベリングの一括実行
- カスタムスタート/エンドG-codeの簡素化
などがあります。
この4つが、Klipperの「速くてきれい」な印刷を支えている理由です。これらを活用すると、作業の自動化や安全性の向上が期待できます。これらは従来のファームウェアでは実現が難しかった機能です。
なぜKlipperが注目されるのか
速度を上げれば品質が落ちる。この“当たり前”に、Klipperは正面から挑んでいます。ホスト側で先に動作計画を作り、MCUに「この通りにいこう」と渡す。加減速の波形や補正が行き届くので、高速域でも造形が崩れにくいです。Web UI(Mainsail/Fluidd)や通知・自動化(Moonraker)まで含めて、道具というより「運用のプラットフォーム」に近い体験を提供してくれます。
仕組みをもう少し丁寧に:
Klipperの肝は“先読み”と“再生”の分業です。先ほどもお伝えしましたが、ホストはCPUパワーを使ってこれからの動きを前もって計算し、機械が揺れにくい形に整えます。MCUはそれを、正確なリズムで忠実に再現する係。
ここに
- Input Shaping(共振しにくい加減速に整形)
- Pressure Advance(押し出し圧の遅れを見越した前倒し・戻し)
が加わると、輪郭の二重線や角の“ブツ”が明らかに改善されます。
さらに造形物の設定体験も従来のファームウェアと違います。Marlinのようにコンパイル前提ではなく、テキストの設定ファイル(printer.cfg)を触ってサッと反映、マクロで印刷前後の流れを自分のやり方に合わせて組める。「ちょっと試す→戻す→もう一回」のサイクルが軽いので、最短距離で機体の最適解に近づけます。
MarlinやRepetierなどのファームウェアと何が違う?
端的に言うと、「どこで計算するか」と「どれだけ拡張しやすいか」が違います。
アーキテクチャ:
- Marlin/Repetier: 計算も制御もMCUで完結
- Klipper: 計算はホスト、MCUは制御に専念
速度と安定:
- Klipperは高速でも形状再現が崩れにくい(最終的な上限は機械剛性側)
設定と拡張:
- テキスト設定+マクロ、Web UI、Moonraker APIでカスタマイズが進めやすい
| 項目 | Marlin | Klipper |
|---|---|---|
| 処理方式 | 1枚の基板がすべて担当 | ホストと基板を分担 |
| 印刷速度 | 中速〜やや高速 | 高速でも品質維持 |
| 設定 | ファイル書き換えが必要 | printer.cfg を即時編集可能 |
| 拡張性 | 限定的 | マクロやプラグインが豊富 |
「とりあえず手軽に既定路線で動かしたい」ならMarlinの安心感は大きいです。一方で「速度・品質・自動化で一段上を狙いたい」なら、Klipperは頼もしい選択肢になります。
Klipperでできること(体験がどう変わる?)
まず、毎日の運用が楽になります。MainsailやFluiddのWeb UIから温度・進捗・ファイル・カメラまで一画面で扱えて、スマホでの操作もできます。印刷完了をDiscordやLINEに通知したり、スマートプラグで電源を落としたり、失敗時に退避して冷却までやらせたり——“あたりまえにやりたいこと”が、マクロでスッと形になります。速度面でも、同品質のまま1.5〜2倍以上の向上を狙える例は珍しくありません。角のシャープさや輪郭の落ち着きは、実物を見ると納得感があります。
主なメリット
- 印刷速度の向上
例えば、標準Marlinで60mm/sが限界だった造形も、Klipperでは120mm/s~200以上でも破綻しにくい高速プリントが可能になるケースがあります - 表面品質の改善
Input ShapingやPressure Advanceにより、角の膨れがシャープで表面が滑らかに - 操作性の良さ
MainsailやFluiddなどのWeb UIを使えば、ブラウザから快適に管理可能 - 拡張性の高さ
マクロを使えば、印刷後に自動でヒーターをオフにしたり、フィラメントチェンジを簡単に実装できます
注意点・デメリット
- 外部デバイスが必須
Raspberry PiなどのSBCを追加する必要があり、導入コストがかかります - 初期設定の難易度
printer.cfgの編集や周辺ソフトの導入が必要で、初心者には少しハードルが高いかもしれません - 環境依存の安定性
電源品質やUSBケーブルの不具合で通信エラーが起きる場合があります
対応3Dプリンターと互換性は?
対応3Dプリンターは有名なところであれば大体導入可能です。
動作確認されているプリンター例:
- Creality Enderシリーズ(Ender 3など)
- Anycubic Mega/Kobraシリーズ
- Prusa i3系
- Voronなどの自作CoreXY
「市販3Dプリンターでも基板交換や配線の見直しで導入可能」なケースが多い一方、古い8bit基板では非対応・非推奨の場合があります。
互換性のカギは基板です。STM32・LPC176x・SAMといった32bit MCUのボードなら余裕があり、機能も性能も伸ばしやすいです。
基板やファームウェアの互換性:
- 推奨MCU: STM32系、LPC176x、SAMなどの32bit MCU。フラッシュ・RAM・周辺I/Oの余裕があるとよい
- 非推奨: 旧世代の8bit AVR基板(機能・性能・メンテ性の面で制約大)
- Sonic Pad等の専用デバイス: Klipperプリインストールでセットアップ容易。Raspberry Pi調達が難しい場合やKlipper導入が難しい場合の実用解
古い8bit AVR基板は非推奨・非対応が多いので、32bit化が現実的です。配線やセンサーの相性でハマることもゼロではありませんが、コミュニティの事例が厚く、回避策にたどり着きやすいのも安心材料ですね。
Klipper導入に必要なものと全体の流れ
準備はシンプル。3Dプリンター本体とホスト(Raspberry Pi/Sonic Pad等)、対応する32bit基板(すでに搭載ならそのまま)、安定した電源と配線、ネットワーク。可能なら加速度センサーなどを用意すると、Marlinファームウェアより格段にきれいな造形物ができます。
大まかな手順:
- ホストにKlipper+Moonraker+Mainsail/Fluiddを入れる
- MCUにKlipper用ファームを書き込む
- printer.cfgを作って、軸・限界・温度・ABLなど基本を合わせる
- PIDとEステップを取り、できれば加速度センサーで共振を測る
- Input ShapingとPressure Advanceを詰める
- 印刷前後・エラー時のマクロを整えて、運用を自動化
最初は「覚えること多いな…」と感じますが、UIのガイドと先人の知見に沿って進めれば、ちゃんとゴールに着きます。
セットアップの手間が気になるなら、Sonic Padという近道も:
「Raspberry Piの入手が難しい」や「OSの初期設定に自信がない」という場合は、Sonic PadのようなKlipperプリインストールの専用端末が心強い味方です。ウィザードに沿えば主要設定が整い、Web UIまで最短ルート。慣れてきたら、普通のKlipper環境と同じノウハウをそのまま活用できます。デメリットとしては端末価格が高いことです。価格さえ問題なければ素晴らしい端末だと思います。
さらに、元からKlipperファームウェアが導入されている市販3Dプリンターなんてものも最近はあります。Klipperがプリインストールされてるものが売られているくらいKlipperファームウェアは優秀なんです。
Klipperで品質と速度を伸ばす勘どころ
ソフトの補正は強いですが、物理はごまかせません。フレーム剛性、可動部の軽さ、ベルト張力、ホットエンドの吐出能力(ハイフロー化)、冷却。このあたりが上限を決めます。Klipperは“機械が持っている本来の力を引き出す”ための基盤。だからこそ、ボトルネックを順番に外していくと、造形物の見た目が格段に良くなります。
調整のコツ:
一番大事なのは、基本的なキャリブレーションテストを行うことです。買ってそのまま使えるからという理由で何もせずに使ってませんか?PIDチューニングやEステップといったキャリブレーションテストを怠ると思ったように造形物はできません。
さらに高品質な造形を目指すなら:
- Input Shaping: 共振周波数を測り、ZV/ZVD/EIなどの方式と効かせ方をバランス
- Pressure Advance: 角の盛りと輪郭のつながりを観察し、素材ごとに最適化
- 熱と流量: 速度を上げるほど吐出の限界が効く。温度、ノズル、ギア比も見直す
角の膨れやゴースティングと呼ばれる波打った模様はInput ShapingやPressure Advanceで解決できます。
ハード側の底上げとソフトの相乗効果:
フレームの剛性不足やガントリーの重さがボトルネックなら、リニアガイド化や軽量ツールヘッド化の効果は絶大です。特にCoreXYでツールヘッドを軽くすると、同じinput_shaper設定でもコーナーの保形が目に見えて改善します。ベルトは適正張力を保ち、プーリーの偏心や摩耗を点検。ホットエンドはハイフロー系(大流量)にすると高速時の線幅痩せが起きにくくなります。これらの物理的改善とKlipperの先読み+補正を組み合わせると、単独では得られない安定域が開けます。
フィラメント素材ごとのコツ:
PLAは低めのpressure_advanceで素直にまとまり、冷却強めが有利です。PETGは糸引きが出やすいので、温度を下げすぎずリトラクトとPAを同時に詰めます。ABS/ASAはエンクロージャで温度環境を安定させ、input_shaperを効かせすぎて“角が丸く見える”副作用に注意。素材ごとにテストピースを一つ決め、更新履歴を残していくと、翌月の自分が楽になります。
Web UIとMoonrakerで“運用が変わる”
Klipperには公式UIはありませんが、MainsailやFluiddといったWebインターフェースが充実しています。ファイルのアップロード、履歴、温度グラフ、G-codeコンソール、カメラビューまでワンストップ。MoonrakerはKlipperとUI・外部サービスをつなぐAPIで、通知(Discord/LINE)やスマートプラグ連携、複数台管理を可能にします。印刷終了→退避→冷却→電源オフまで自動化すれば、片付けのクセが“仕組み”に置き換わり、毎回のミスが減ります。
小さな自動化の例:
- 終端処理: 退避→ファン停止→ベッド冷却→電源オフまで一連で
- 素材切替: 指定層で一時停止→加熱→パージ→再開
- 安全運用: 温度過昇で中断・通知、復帰時の手順もマクロ化
Moonrakerの小ワザ集:
- 通知: 印刷開始/完了/エラーでDiscordやTelegramにメッセージ。離席が多い環境で効果大
- 電源連携: スマートプラグと連動し、ベッド温度が一定以下で自動オフ。消し忘れ防止に効きます
- リモート操作: 外出先から温度確認・一時停止・再開。VPNや安全設定は忘れずに
- ファイル連携: スライサーから直接アップロードし、G-code名にバージョンや素材を含めて履歴を管理
MainsailとFluidd、実際どっちがいい?
結論は「好みでOK」です。Mainsailはタブやカードの情報密度がやや高く、ログや温度、ファイルの並び替えができて見やすいです。Fluiddは初見の導線がわかりやすく、必要な要素に素早く辿り着けます。どちらもカメラ統合、マクロボタン、ジョブ管理が充実。複数台を回す場合は、同じUIで揃えると運用の思考負担が下がります。個人的にはMainsailがおすすめです。
よくある質問
Klipperのよく耳にする疑問をまとめました。
- どれくらい速くなる?
機体次第ですが、同品質で1.5〜2倍は現実的。3倍超は機械の強化が必要なことが多いです - 初心者でも大丈夫?
最初に少し学びは必要。ただ、導入後はWeb UIで運用が楽になり、戻れなくなる人が多いです - Raspberry Pi 5が高い…
Raspberry Pi ZERO 2WやBanana Pi、Orange Pi 5などでも十分動作します。コストを抑えたい場合はこれらの選択肢を検討してみてください - Marlinから乗り換える価値は?
速度・品質・自動化・運用性で伸びしろが大きいです。今の要件を満たしていて超安定を何より重視なら、そのままも選択肢 - 元のファームウェアに戻せる?
はい、戻せます。バックアップを取っていれば復元できますし、メーカーの公式ファームウェアも再インストール可能です
まとめ:どんな人に向いている?
Klipperは、「もっと速く、もっときれいに、もっとラクに」を一度に実現したい人に向いています。外部ホストや初期チューニングという壁はありますが、越えると景色が変わります。印刷の安心感、触るほど応えてくれる拡張性、運用の快適さ。ソフトで引き出し、必要なら機械側も磨く。そのプロセスを楽しめるなら、長く付き合える相棒になるはずです。


